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2014年2月10日命の伴走者 (その1)医療のプロ達

「人間と人間の関係も命を守っていく上では大切である。この人間と人間の関係を支えてくれるのは言葉である。人が言葉を使って他者を癒す。ムントテラピーだ。ムントテラピーはたんなる病気の説明ではない。生きる力を与えるような病気の説明。言葉による治療である。」(『言葉で治療する』鎌田實著 朝日新聞出版より)
医師である鎌田實先生の言葉をそのまま現実化したような、医療者の方々と織りなす日々があった。命の伴走者として、夫の生き方と逝き方に共に駆け抜けた、かけがえのない存在であった。

「友人でも知人でもなく、ましてや親類でもない。第三者である医療のプロ達が、〝夫の今〟 について熱く語り合っている。ありがたい!この空気に心が救われる…。」
「病室に、一日何度となく足を運ぶ医師や看護師。何気ないささやかな会話や言葉によって、死への恐怖や不安から逃れ、今日も生きようとする夫がいる…。」
余命宣告を機に、心を文字に託して綴り始めた手帳からの抜粋である。

自宅のキッチンで点滴準備をする訪問看護師と看護実習生

自宅のキッチンで点滴準備をする訪問看護師と看護実習生

初めて知った 〝認定看護師〟 という存在。化学療法・癌性疼痛・緩和の各部門からの奥深い看護を授かった。夫の趣味に心を重ねて、海や旅の話に花を咲かせる看護師。食べることができない現実の中でもがき葛藤する夫に、おまじないのグッズ?!をそっと握らせてくれた看護師。
点滴を外して波乗りをする無茶な夫のことを「ちょっと筋金入り?!の患者さんやからね…。」と、手術室の看護師に紹介して下さる主治医がいた。

一年十カ月の中での四度に渡る入院ライフ。薬や点滴は癌との共生に不可欠な治療であった。それ以上に、病室という、社会と寸断されたかのような小さな空間では、医療に携わる人々との関わりや会話こそ、かけがえのない 〝生きる治療〟であったのかもしれない。

〝自宅での最期〟 を切望した夫には、在宅医療を支える人々の存在もあった。
訪問看護師は、夫にとって何よりも楽しみな時間となるような人間関係を紡いで下さった。我が家という自由な空間で、安堵感と共に何でも話せる、素のままの自分で語り合える…。そんな穏やかな空気に抱かれていたからかもしれない。雨や風の日も、妊婦さんになられても足を運んで下さった訪問看護師の存在を語らずして、私達の 〝自宅での最期〟 はなかった。

食との断絶に苦しんでいた時に、そっと握らせてくれた看護師さんからのおまじない?!グッズ

食との断絶に苦しんでいた時に、そっと握らせてくれた看護師さんからのおまじない?!グッズ

訪問薬剤師、研修医、看護実習生、ケアマネージャー、介護用具相談員etc.
様々な分野の人達が家に出入りした。第三者であり、医療のプロ達だからこそ、程良い緊張感を持ち、関わり合う心地良さを享受している夫がいた。

医療のプロ達は、夫の日々深まる死への恐怖感や不安をひたすら傾聴していた。
優しくて温かい。時には厳しさも持ち合せながら夫の今に寄り添っていた。そこにはいつも、語り合う事、笑い合う事を手土産に携えていた。会話ができなくなってからも、ずっと身体をさすりながら、言葉を届けていた姿が今も脳裏に焼き付いている。

言葉の奥に横たわる、命の伴走者達の心を垣間見る瞬間でもあった…。(続く)