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2014年2月10日余命宣告って…。(その2)

「余命○ヶ月と宣告されても、 それは統計上の平均値だ。 僕たちは現実を生きている。余命○ヶ月が平均値であるならば、その数値を僕たちが塗り替えてやろうじゃないか…。」僕は、慢性末期がん』(文春新書)より。
ふらりと立ち寄ったある書店で出会った一冊。著者の尾関良二さんは、夫と同様、 四十七歳の時に、 末期のスキルス胃癌で余命半年と告知を受けた。 しかし、宣告から三年過ぎた現在(平成二十一年)も健在であるという〝お涙頂戴本〟〝闘病記〟と一味違う内容は、癌と向き合うありのままの姿や生き方が散りばめられて、吸い込まれるように読み干した。
尾関さんの気合いに随分と勇気づけられて、大きな希望の光さえも見い出した。 と同時に「生あるものは必ず死ぬ。」 若輩な私たちが深めていくであろう”死生観”にも大きな一石を投じてくれた。

「尾関さん、あなたの生き様は私たちにとって“生”の指南書でしたよ。」

「尾関さん、あなたの生き様は私たちにとって“生”の指南書でしたよ。」

「千波ちゃん、 おっちゃんも告知を受けていたら、もっとやりたかったことや言いたかったことを表現していたかもしれんわ…。」
二十年以上も前に癌であった叔父を看取った叔母の言葉が心に止まった。
当時は余命宣告という告知はないに等しい時代であった。叔母は家族と共にひたすら隠し続けたことや、ひょっとしたら本人は薄々気づいているかもしれない…そんな狭間での気遣いが大変であったと述懐していた。

情報化社会に生きる私たちは、情報開示に伴う便利さを暮らしの中に享受した。しかし一方では、要不要にかかわらず、激流のような情報にさらされ惑わされている一面もある。
こうした状況下では、医師や看護師、家族が患者に病名を隠すことは至難の業。患者自身が飲み薬や点滴剤を調べただけで、自身の病を見通すことが可能だからである。

余命宣告を受けた夫の傍で感じたこと、教えられたこと。それは、告知は本人に大きな衝撃を与えるけれど、尾関さんと同様に、病と真正面から向き合う姿勢をも持てること。しかし、生身の人間である以上、いつも前向きに病と共存できるなんてとんでもない。周りに支えられながらも痛みや苦しさの現実に心が弱ってしまう。心が萎えると、知り得た情報の渦に巻き込まれるかの如く、最悪の状況を想定してしまう。振り子のように、大きく奮い立たされた分だけ落胆という名の戻りも大きい。情報化社会の現代、告知はそんな魔力も持ち合わせているような気がする。

夫はどんな想いでこの一冊と向き合っていたのだろう…。

夫はどんな想いでこの一冊と向き合っていたのだろう…。

余命宣告の存在に対する答えは、まだ見つかっていない。
〝人生最大の締め切り日〟 まで、日を重ねる程に、深まる苦悶の身じろぎの中で生きてきた人しか語ることができないとも感じる。そう、自分自身が命の期限を告げられて初めて見い出せる答えなのかもしれない。

…あの頃、切に願っていた。尾関さんと塗り替えて欲しい。
〝余命〟と言う名の統計上の平均値を…。(続く)